昭和47年8月10日 月次祭
                                入力者 大坪れい

 (?)させて頂いておる時、ちょうど伊万里の竹内先生がお参りになった。熊本まで参ります、もう時間がギリギリですけれども、ちょっとお礼参拝したいからというて参ってみえた。それでそこで、皆さん今朝の御理解を頂いておられましたから、それを一口でも、いうなら頂きたいからというて、10分か15分ぐらいだったでしょうか、御理解を頂いて帰られました。それは、伊万里から熊本、そして熊本からここ合楽と、それはなるほど伊万里からにすれば、熊本に少し回ればここによられるのですけれども、ん~またここへお参りをさして頂いても、時間はギリギリでありましても、一口でもやはり御教えを頂きたい。私はこれが必要だと思うですね。

 信心には、止むに止まれないというもの、ね。朝はお参りしとりましたけれども、前を通ったからまた、前を通ったら、ちょっとそこの庭までも来て、仕事着なっでもいいから、こうお礼でもさせて頂きたい。そういうね私は信心が、イキイキとした信心というのじゃなかろうかとこう思うですね、ね、そりゃ~もう大変な回り道ですよね、けれども伊万里から参るよりも近い、熊本から参ってくりゃ~ね、それを熊本からここへ参って、そしてならそれも時間がありません、人を待たせてございましたから、けれどもそこへ5分でも10分でも御教えを頂きたい、そういう心が私はイキイキとした心というのじゃなかろうか。月次祭だからお参りせんならんといったようなものではね、ん~いわゆる信心が本当に頂けると分かると、分かっておるとも思われない。ね、信心はどこまでも、その頂くものですから、そういう頂く姿勢がイキイキとしてこなければいけんです。

 今日は福岡の池田さんが、お( ? )見えて、家族三・四人で、もうお取次頂き終わっておられたんですから、まぁ帰られてもいいんですけれども、まぁせっかく私がここへ座ったから、一口でも新しいこうお導きした人達にね、え~一口でも話を聞かせようというその親心です、それでその方たちを前に出して自分は後ろの方から、まぁじっとしておられるから、ははぁこれは何かお話を求めておられるんだと思ったですから、それからお話を少しさして頂いたけれども、もうどんこん、話がでけんのです。もうそれこそ、コンクリーの上に水を流しよるような感じ。ね、ですから、たった5分か10分間の間の話の、お水を何回も何回も頂かねばならんほどに、口の中が粘ってしまう。

 それで私が申しました。「本当に貴女方も私のお話を聞いて下さるのに( ? )けど、私はたった5分か10分だったけども、私も骨がおれたち」ね、けれどもね、やはりそうでもあろうけれども、やはりそこをひとつ、これにこりずに、またあそこに参ったら、あの人の話を聞かなならんと思わずに、また出てきてくださいよ、段々段々その一口でものお話でも、いや、冗談で言うたことでも有り難いというて帰られるようになる。そういう心がおかげを受ける心であり、それが信心だと、まぁいうてことであります。これはもう、本当にそうですよ。もう頂こうという意思のない人に、頂かせるということは、もう大変に、これが普通の雑談とかね、普通の話なら、えだ知らずですけれども、いうならば、神様のお心を伝えようというのですから、ですからそれを聞こうとしない者に言うても、それが伝わるはずがない、それが響きかえってくる、こちらの方へ。それこそ、コンクリーの上に水を蒔いておるようなもの、ね。

 大地に水をこ~こしますと、渇ききっとればおるほど、じーと何処に蒔いたか分からんぐらいに、その水がね、染みとおっていくように、そういう頂き方をしたい。そこから限りない、いうならお話も頂けるということになる。竹内先生が帰られる時に、本当にたった一口でしたけれども、おかげを頂きましたというて帰られたんです。それは、最後のところに、そこの中村さん、合楽(?)の中村さんが、二日間にわたって同じお夢を頂いた。夢の同じというか、続き、続きのお夢というか。で、そのことをお届けしておられたことを話しておった。また先日から、久留米の佐田さんが頂いておられる、お夢のお話がでてきておった。

 それは中村さんが頂いておられるように、合楽は御霊地だということ。私共は御本部だけを御霊地、御霊地というけれども、合楽もこれは御霊地だと。神定めの土地だという意味だけではない、やはり御霊地なら御霊地、心のふるさととして自分の心が新たに誕生す、る、今までの人生というものが変わってしまう、物の見方、考え方が変わってしまう、自分の心が助かった、自分の心が新たに誕生したという所ですから、ここは心のふるさとであると同時に、ここはいうならば、御霊地と。今朝から、朝の御祈念に秋永先生の奥さんが参ってきて、え~里の方のお母さんが、病気でもう大変、もう医者難しいと言う。ガンです。本人が言うてはない。ですから、面会、面会も、面会謝絶であった。ね、食べるものも、極度に制限されてあったけれども、もう長い命ではないのだから、何を食べて、ほしがるものを与えなさい。ね、

 それで面会が、面接がしたいという人があるなら、もういつ、朝からでもよいから、あの面接に行かれるようにということであった。ですからそのことのお届けを( ? )さんが来てからいたしますから、(?)さんに申しました。「あのね、医者がそういう訳だけだから面接時間をいつでもよいというたり、そういう訳だから、何を食べてもよいと言うのだから、与えるということではいけないよ。」これは、んなら私が糖尿病には甘いものはいけない、辛いものはいけないというても、頂くという心で頂くから、私自身がおかげを頂いておるじゃないかと、だから医者がいう、あれは食べていかん、これは食べていかんということは、本当は医学からいえばそうだろうけれども、医学以上のものからもってするならば、それは嘘なんだ。本当のことじゃないんだ、だから本当なことをするんだぞと、本当なことで、例えば何を欲するものを与える、面会したい者があるなら、そん時にん~面会ができると。だからそういう考え方でお願いしなきゃでけんよ、もう長ごなかけん何でも欲しがるものを食べさせとこというのではいけないです。

 その翌日また、あの大橋からお届けがあった。そん時もそげん私は申しました。そして御神米と、御本部から頂いておりました御直会の御神酒と下げましてからね、え~これをずっと頂かせなさい。御神米もずっと頂かせて、御神米も一粒づつ毎日楽しんで頂く。今朝から参ってきてから、先日からお出でられておりました、お母さん(?)、そしたらこの頃からね、食欲がでてきた。そしてから肥えてきなさったと、そしてから、ま~だ、まだご飯はまだのちいわっしゃるごつなった、ご飯がいけなかったのが。それはもう不思議な働きなんです。そういう例えば不思議な働きに合わせて頂いておかげをこおむっら、その人のために、合楽はもう御霊地なんだ。ね、

 佐田さんが頂いておられるように、“合楽天国”と、合楽に御神縁を頂く人たちがです、合楽と供に信心を進めていく、合楽と共におかげを頂いていく、ね、それは今申しますように、もう全然、物の見方、考え方が、ね、変わってきた。人が難儀と思うておることが有り難いと分かるようになり、今まで腹ん立っておったことに、かいってお礼を申し上げれるような世界、いうならそういう一つの示現の違った世界そこに合楽天国があるのだ。
というような人たちの為ならば、やはり合楽は御霊地である。中村さんがまた頂いておられるのに、その合楽の御霊地でたくさんの霊徳神徳を受けていく人がでけなければならないというお知らせを頂いておる。ね、

 先日から、ん~甘木のお礼、玉水の願い、願いの玉水、お礼の甘木と言われた時代があった。当時日本一といわれるような先生方ばっかりをいったわけです。甘木の先生の信心の神髄というのが、もう御礼8部と仰った、お礼だけ言うときゃ良いというような信心であった。ね、それに例えば反して、反してというか対して、玉水では願って願って願いぬくという、それこそ凄まじいまでの願いが、しかも成就されていった教会であった。ね、当時やはり、教学第一人者であったところの高橋正雄先生の信心を、お詫びの高橋といった。お互いの信心の祈りの内容というものが、御詫びとか、願いとか、お礼とかを持ってするならば、その3つの信心。まぁそういう風にね、御理解頂いたから、いったい合楽は、どう、どち、どこじゃろうかと思うた。

 皆さんどう思うですか?それぞれ違うでしょうね、合楽は。願いの信心の人もあるし、お詫びの人もあるかし、ね、または願い、そのお礼の人もある。御月次祭は、お礼のお祭りだから、というて、まぁせめて御月次祭だけでも、お参りさせてもらわにゃという程度の人はお礼につきておられるでしょうけれどね、まぁそれもお礼の信心と言えんことはない。私そのことを神様にね、思わせて頂いたら、御神願に「○少」と字で頂いた。少年少女会のマーク、○少。まぁ~だお前達がそげん、お詫びの信心とか、お礼の信心とか、そげん日本でも、そういう日本一と言われる先生方の信心をの中の自分はどれじゃろかち、まぁ~だどれと決ってよかろうはずがない、そげんこ~まいことに固まっちゃつまらん。

 まぁだ合楽の信心はこれという事じゃない。まぁだ他の信心があるかもしれない。合楽のなんなんと言われるような、まぁだ素晴らしい信心があるかもしれない。まぁだ合楽のお前がそんなことを思うとるけれども、合楽の信心はまだまだ○少並みだということです。ですから、私共がやはりいつまでも、○少であってよかろうはずがない。今度全国大会で○少が、合楽の○少が、もう俄然、その人気が良かった。それはまた実に素晴らしかった。もう実に感動的だったということです。もうそれこそ一人一人が、あの長いここで合宿をさせて頂いて、え~稽古さして頂いとりますから、もう本当にそれは、なるほど見事であっただろうと思います。その代わり、もういつも何をするでも合楽が一番先頭であった。会堂で色んな披露するとも、合楽が一番だった。一番初めだった。ね、

 それ程しに、まぁいうなら見事であったということ。あれは何とか、何とかちゆうものは(   ?   )、何とかブライカードかなんか、プラカード。ブライじゃなかった。私はあげなつに弱いもんじゃけん、どんこんいかんもん。プラカードです。あれがもうえらいその重たいそうです。けれどもちゃっとここで教導する光昭が、本当に向こうでへこたれない事のために、もう少し、本部で扱うのよりも少し重たいのを使えというて使わせたという。まだ桜井先生の子の娘さんでしたから、何年生でしたか?女の子で、4年か、4先生ぐらいですか?5年生。小さいです。それをもうあの~炎天の中を、こう合楽の町を、やっぱ町ですね?久留米町ですから、合楽庁ばず~と回って歩いとる。それはもう汗ブルブルになってですね、もうそれこそ、村の人たちは、まぁいらんこつばっかする、こん暑つかちゆう、思う人もあるけれども、まぁ感心なこっちゃあるという人もある。

 丁度、田中さんとこの前を通る時に、お父さんが、とてもほんに感心なこっちゃ、何か冷たかもんなった出さんかちいわっしゃった。それから皆ば呼び止めてから、冷たいものを用意しといてから、さぁ冷たいものをと出したところが、皆が言う事。「僕たちは今、冷たいものをたっとります」ち言うたげな。(笑い)ね、冷たいものをたって修行させて頂いとります。はぁもう、いよいよ父さんが感心してしもうて、さすがに合楽の子供たちだなぁとこういうわけなんです。ね、そういう例えば、子供は子供なりに厳しい修行をさせて頂いて、やはり信心ということがいつも中心である。

 しかもそのプラカード何かを持つのは、もう長い間だから、それも(  ?  )から、もう大変にきついらしい。もう涙ばボロボロ出しながら、その光枝さんがしておる、それがとても、その見事であった。そしてから帰ってから、お母さんに光枝さんが言う事、「おかげ頂いてお母さん、もう本当におかげと思うたて私は、」ね、もうどんなに私が頑張ったで普通で(?)おかげ頂かないけんて、だから半分な神様が(?)持ってござった、持って頂いとったに違いはないというて、帰って話したという。その半分だけは実感して神様のおかげと思うておるということが素晴らしい。本当はその全部が神様のおかげと分からなきゃならん。ね、

 けれども、そういう体験、そういう所を通らせて頂いてです、とても、ね、人間わざではなかった、神様のおかげを頂いとった、いや、半分は神様に持って頂いておったという、ぞの実感がです。もうそれこそ、こ~しておらなんとが、きつして溜まらんごたったけれども、(かたげ?)もしなかった、( ? )も( ? )もしなかった。とこうして、一番、しかも合楽が沢山の中に、一番先頭きっていくわけですから、ね、形も素晴らしかったということでございましたがです、そういうんなら、○しょうの一人ひとりの信心を見ます時に、ほんにこの人たちがね、いよいよ合楽の中心になる頃の合楽は大したことじゃろうと思うです。そうでしょうが。

 けれどもそれは私がです。ね、甘木の、お礼の甘木、願いの玉水、お詫びの高橋、そんなら合楽はどういうところであろうかと、私が思うたら、まだまだ、合楽の場合はまぁだ○少並みだと、神様が決め付けて下さったような感じがするのです。ね、そんなら、○少ということはどういうことかと、んなら今、合楽の○少は素晴らしい。けれども、それはまだ、海のものとも、山のものとも分からんというのが実際ではないでしょか。子供ん時は、ちょいと熱心じゃったもんの、ばってんか、青年になったら信心はスぱっと止めたというのもあるんです。ね、ですからいかに素晴らしいようであっても、○少は○少。ね、ですから、まだ海のものとも、山のものとも分からん、いうなら合楽が、成る程、日本一的な、いうならば内容を例えば持っておるにしたところでです、(笑い)ね、まだまだ神様の目からご覧になりゃ、海のものとも山のものとも分からんというのが、合楽の信心だろうと私は思いました。

 願いとか、御詫びとか、またはお礼とかいうけれども、その時その時の信心が、その実感がそのままそこに打ち出されていくというところから、また、これはいよいよ合楽ならではというようなものが、段々でけてくるおかげを頂かなければならんのだ。ね、
 今日私、昼の奉仕をここでさせて頂いたら、そこでいつも末永さんが、テープの収録をやってます。( ? )に、私の控えの方に、こ~あの椅子がある。あの椅子、朝でも朝、あの椅子に15分間、座って15分間、あすこで過ごすわけです私が朝。ね、ですから私の控えというところは、もうたいして、私自身が大切にして、もちろん見苦しいものなんか置くこともしませんし、あの、その(風当たりも?)もそん変わりしません。そこで私が使っておるその座布団を、末永さんがその自分の(?)下ひいてから使いよる。私はこの頃わざわざ「あんた達はこれを使いなさい」というてから、あ~(?)座布団ば持ってきてやっとた。それはひかずに、私のとばわざわざ持ってきてからひいとるもん。この人は時々大胆なことをするが、(笑い)ほんなこってすよ、師匠のひいとっとば持ってきた(?)。

 まぁそれまで私は思わなかったけど、ここでそのことをお願いさしてもらいよったら、丁度今、ここで御造営のあっておる(?)の姿を頂いた。ね、例えば、まぁ私はそれこそ、(?)じゃないですけれども、ここで修行をしておる人達は、どこの( ? )よりも立派のように見える。とくに末永さんなんかは、いうならば、私の信心に惚れ込んで、何年間も何年間も、それこそ自分は教会の息子に生まれながら合楽で修行し、合楽から、の修行生として御本部にも行った程しのこと。この人の信心見よったら、合楽の信心が分かるというぐらいに、まぁ定評があったという学院では。だから、田中先生、今ここで修行しよる田中先生が、いうなら末永さんの信心に惚れて、末永さんの信心でこれくらいじゃから、合楽の信心なま~だ素晴らしかろうというのが、わざわざ遠方から現在修行にきておるようなことなんです。

 ですから、そういう意味で素晴らしい、いうならば御建築なら御建築に例えるなら、大きな家のおかげを下さろうとしておるに違いはない神様は。それでもどうでしょう、どんなに素晴らしい材料が使ってあっても、(?)は銅版でふいてあっても、中はそれこそ鉄筋でがんじょうにでけておっても、このままだったらどうなりますか?未完成のままであったらどうなりますか?ね、私は今朝から、あの~2.3、秋永先生2.3人にで、え~ちょっと一緒に見てくれというから見せて頂いた。それで、あちらの2階に上がらせて頂いたところがです、ね、昨日あの~ひどい風であり、ひどい雨であったですから、もうさんぼうから打ち込んどるけん、ほんな座敷の真ん中まで、もうじゅっくり濡れとった。お互い信心をさせて頂いてです、ただ暑い思いをせんで済むだけ、ただ寒い、ね、雨つゆをしのがせて頂くというだけの信心であったら、大したことはないと思う。ね、

 どんなに素晴らしい信心であっても、もしこのままであったらどうですか?なるほど、あま梅雨はしのがせれようけれども、さぁ雨だ風だという時には、座敷の真ん中まで濡れなければならんじゃないですか、ね、あれほどの信心を頂いておってです、ね、さぁ人生の雨だ風だという時には、もう立ち上がりもきらんぐらいに、ヘトヘトになるような信心ではつまらないでしょうもん。ね、そこでです。お互いがね、それなりのですよ、ね、信心ですけれどもです、ね、そこにはちゃっと、扉も入り、ふすまも章子も入って、中の調度品まで揃うて、そして初めて、あま梅雨をしのがんだけではない、そこへ住まわせて頂く気分というものが何と有り難いなぁと思うことになるのですよ。

 末永さんが、信心がどげん素晴らしか、私がそん時に頂いた、丁度、御建築のこのままの姿が、今この人どんが信心の姿じゃなかろうかと、これをこのまま例えば放任しとってよかろうはずがない、ね、今日、山田先生がお話してましたようにです、ね、親先生を頂くということ、お取次ぎを頂くということ、10日と御日柄の素晴らしいということ、有り難いということ、ね、それがです、例えば親先生だけではない、お取次ぎを頂いてくるだけではない、ね、10日という日だけが有り難いのではない、いつもかつもがそのように有り難い頂き方ができるということが信心なんだ。ね、

 師匠がそのように、例えば大事にしておる場で使っておる品物を、自分が、ね、親もんは子のもんじゃけんちゆうごたる、ざーとした気持ちじゃろうばってんか、それをしかも、尻にしいて、それでこうやって( ? )、どこにおかげの受けられる道が開けるか、それでは。どんなに素晴らしい家であっても、それその、これにはまず、建具も、あらゆる調度品も、ね、中にはじゅうたんもひき込まれて、初めて立派な、いうなら雨風をしのぶだけではない、風が吹いても、ビクともせん、いや、そこに座らせて頂いたら、何と気分が良いことであろうか、今朝からの( ? )されますのに、ね、本当にどうしてあげな所に娘をやったじゃろうかと思うような、もうあれが信心がないなら、えつの昔に引き取ってこうじゃっとっとじゃろうけれども、ここまで辛抱させて頂いておる内に、こういう有り難いことになりました、この( ? )ところもこうですというお届けを聞かせて頂いてから、もう何と信心ちゃ有り難いこと、今朝から頂くように、もう自然の中に何時の間にか、有り難とうてと、完璧になっていきよる、それなりのものが。真ん中に座っておるだけで、有り難うして本当に思えば思うほど有り難い、自然の働きの素晴らしさに恐れ入るというような恐れ入った生活がでけることのためにも、今日私が申しましたようなところをです、一つ頂いていかなければならんと思うのです。ね、

 信心、ね、それは、ただそこでおかげを頂くということだけではなくて、ね、ためには私共がね、今日んなら、竹内先生が仰るように、ね、合楽を本当に御霊地と頂けるだけに、自分が助からなければならない。ね、なるほど、合楽天国と、に住まわせて頂いとると思われるほどに、人とは違って、いうなら示現の違った世界に住まわせて頂くことが願いとしての信心でなからなければならないということを聞いて頂きましたね、どうぞ。